2014年5月16日金曜日

第6回 「ASLSP/夜会議」(2014年5月2日)


第6回 ASLSP/夜会議|よそ者としての芸術
2014.5.2

森田浩彰、木原進、高嶋晋一、沢山遼、狩野愛、勝俣涼、當眞未季 
司会:石川卓磨


ジョシュア・オッペンハイマー、クリスティーヌ・シン『アクト・オブ・キリング』
  
――はじめに
 今回は、「よそ者」と芸術をテーマにして討議を行なった。よそ者とは、その土地で生まれたものではなく、よそから新たに来た者のことだ。ゲオルク・ジンメルの「よそ者についての補論」(1908)では、「よそ者」についての社会的な機能や関係性の分析がなされている。この論文では、「よそ者」を、ある社会にたいして全く無関係で関与しない者や、今日来て明日そこを去るような者のことではなく、今日ここに来て、明日もその場に留まる者に限定して分析がされている。この分析は(ジンメル自身がユダヤ人であるということもあり)ヨーロッパで生活しているユダヤ人の商人を想定している。
 ただ「よそ者についての補論」を読んでみると、ここでの「よそ者」分析は、かなりの程度で現代美術のアーティストの諸関係にも置き換えが可能であるように思えた。そして、今回の議題を進めるにあたっての前提として、「よそ者についての補論」を利用したので、論点を二つだけとりあげておく。

1. 「よそ者」の特性に中立性や客観性があるということだ。例えば、訴訟を担当する裁判官は、事件の当事者たちが属する共同体や関係性を持っていないこと、つまりよそ者であることが条件になっている。
 裁判・訴訟に関わる概念で当事者主義というものがある。この言葉は、訴訟手続きにおいて、当事者と裁判所のどちらに主導権を置くかについての概念である。(当事者主義は、当事者に主導権を持たせようとするものであるのに対して、裁判所に主導権を持たせようとするのが職権主義)当事者主義という言葉は、英語ではadversary systemである。このadversaryという単語は、敵、敵対者、対抗者などの意味であり、ここでの「当事者」とは、ある敵対性を持っている二者の関係を示していることがわかる。だから、adversary systemという言葉には、当事者と、その対立関係の外部にいる立場である裁判所の関係が、わかりやすく示されている。
 この当事者ではない外部の人間の判断が効果的に働くケースは、裁判所だけに限らない。商人やアーティストなどもまたそのような「よそ者」性の立場によって、中立的な判断を可能にする場合がある。ただ、ユダヤ人の商人やアーティストは、裁判官のように、当事者たちや特定の社会との関係のあり方が、制度に則っているわけではなく、中立や客観性はもっと曖昧なものである。「よそ者」が、絶対的な客観性や中立性を保持しているわけではなく、社会のなかで関与と無関与の中間に存在している、とジンメルは語っている。

2. ある共同体の内部に属する者にとって、外部の人間は、よそ者であるからこそ親密になることができる、秘め事を話すことができる、ということである。その親密な関係とは、内側と外側の線引きがあるからこそ機能するもので、ジンメルはそれを「近さと遠さの統合」と説明している。国外や特定の地域で芸術活動を行なう場合、この「近さと遠さの統合」はアーティストの視点を構築する上で外すことのできない要素である。

 ジンメルはこの小論で、ヨーロッパの社会のなかで、なぜユダヤ人が社会的に成功し、と同時に、社会的な疎外から逃れられないのか、その宿命的な要因を簡潔に説明している。もちろん、ユダヤ人の疎外や商人の社会的な役割は、現代美術のアーティストと共通する部分があっても、同じであるわけではない。では、アーティストにおける「よそ者」性とはどのようなものなのか、また現在の状況を考える上で、「よそ者」性からはどのようなことを検討することができるのか。
 今回の会議では、日本でも頻繁に行なわれるようになった地域社会での芸術祭や、グローバルに展開するアーティストの活動、東日本大震災や福島第一原子力発電所事故後に、社会や政治的な問題と芸術の関わりが強く示す美術の状況など、非常にセンシティブな問題に触れる議論が行なわれた。


――地域社会での芸術活動とインフラの設計
 初めに、今回会議に参加した木原と森田がそれぞれ運営スタッフ、アーティストとして関わった、岡﨑乾二郎と地域住民が中心となって恊働して行なわれた『灰塚アースワークプロジェクト』(1993−)などを実例としてあげながら、芸術活動と直接的な関係を持たずに成立している地域社会における芸術プロジェクトについての検討が進められた。

日常的には芸術作品や芸術家との接点を持たずに形成されている地域社会で、
芸術プロジェクトを行なう場合、地域の側から「芸術」の有用性が求められるまた、地元住民から、芸術活動にたいする拒否に近い反応が起るときもある。ここには、必然的な難しさがあるといっていい。例えば、アースワークやコンセプチュアル・アートなどで考えられてきた作品=環境の構築と、農業や里山などで習慣的に染み付いている環境管理の考え方の決定的なズレ、あるいは地元住民や行政との信頼関係の構築の過程にある困難など多くのケースが指摘された。そのうえで、芸術の実践の可能性は、どのようなものであるべきかが問われることになった。
 ここではまず、地域社会での芸術プロジェクトの実践のあり方として、二つのタイプがあげられた。
 一つは〈祭りとしての芸術〉であり、もう一つは〈インフラの設計としての芸術〉である。前者は、非日常を作りだす象徴性としての「芸術」であり、後者は、地域社会で自然化され、意識化されていない下部構造にたいして技術的な介入や構築を行なう「芸術」といえるだろう(発明という観点の導入)。この二つのタイプの芸術プロジェクトでは、地域社会と「芸術」の理解や折り合いのさせ方の意味が異なることが指摘された。地域での芸術プロジェクトが、観客客を集めるとしても、一方的で一過性になってしまうケースがあるのにたいして、芸術的な思考や実践を(可能性や潜在的なものであるとしても)住民や社会のなかに残すことの重要性、そして「芸術」という言葉を抜きにして、相手に伝えることのできる道具主義的な芸術(史)の可能性が議論されたことは、重要であると思った。
 
サンティアゴ・シエラ《21 Anthropometric Modules made from Human Faeces by the People of Sulabh International, India》

――敵対性をあぶり出すインフラ
 次に、芸術とインフラの関係を別の側面から考えるものとして、サンティアゴ・シエラの《21 Anthropometric Modules made from Human Faeces by the People of Sulabh International, India》(2007)が挙げられた。
 ここでは、クレア・ビショップの「敵対と関係性の美学」(2004)での議論を踏まえながら、シエラが自らの活動では「何も変えることができない」という言明をしていることに関する議論が中心となった。
 シエラの作品は、社会のなかで見えないものとされている労働搾取やインフラ構造などを、露悪的な形を強調し暴露する批評性を持っている。それは観客にとてもショッキングな感情を引き出す者であるにもかかわらず、なぜ彼は自分の作品「何も変えることができない」と考えているのか。
 しかし、シエラの作品が作りだす敵対性は、刺激に満ちており、観客にショックを与えるが、作品で行なわれる操作自体は明快であり、作品が観客にどのような効果を与えるか、どのような反応が起るかは予測可能なものになっている。つまり出来レースなのであり、ここに発明の観点はない。
 シエラの作品の態度は、コンセプチュアル・アートの伝統を継承している側面として読むことが可能であり、作品のプレゼンテーションの仕方にも、反映されている。プロセスや余分な情報を排除し、結果だけを簡素な方法で提示するやり方は、ミニマル・アートやコンセプチュアル・アートの方法を踏襲している。しかし、この結果が先取りされている作品に批評的なアクチュアリティがあるといえるのかという疑問も投げかけられた。その意味においては、「何も変えることができない」は、開き直りの態度として読むこともできる。
 それにたいして、「何も変えることができない」という言明はそのまま受け入れるべきものではなく、この発言の効果自体一つのパフォーマティブなものとして考える必要があるという指摘がされた。ここでは、シエラの露悪的な労働搾取や資本主義の構造の暴露には、予定調和的な図式であっても、そこに含まれる暴力性の強度は消えないということだったはずである。
 また、もう一つの議論の方向性として、シエラの「何も変えることができない」という態度は、その前に語られた地域社会での芸術プロジェクトにおける有用性との比較が行なわれた。シエラの言明は、ポリティカル・コレクトネスや、有用性の要請から、距離を取っている。シエラが地元住民に協力や合意を求める方法は、基本的に説明などの話し合いによるものではなく、雇用者と労働者の関係と同じで金銭的合意にある。芸術が、社会から求められる有用性を斥けること、無関係性を貫くことの意義についての意見が出された。

――ドキュメンタリー映画における演出と映像の位置
 シエラは、敵対性の構造を露にするときに、どちらか片方の立場に加担することなく、中立的でメタ的な立場を確保している。アーティストがメタ的な立場を取ることは、しばしば批判される。なぜならば、なぜアーティストだけがメタ的なポジションを取れるのかという問題と、そしてそこに巻き込まれる現象や人間の労働が、作品に貢献するものとして搾取されることになるからだ。しかし、一方で、メタ的な立場を取らないかぎり作品化できない対象というものは確かにある。
 そこで、この制作者のメタ的/中立的な立場を検討するにあたり、現在シアター・イメージフォーラムなどで上映されているドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』(2012)についての検討がされた。ここでは、主に三つのことが中心になっていたと思う。

1. 加害者たちに同じ虐殺のシーンを、何度も繰り返し再現させることで、初めは笑いながら喜んで再現していたのに、だんだん殺人の経験が、加害者に重くのしかかってくることについてだ。出演者に再現のフィードバックをしつこく促しているのが、この映画の特徴的なポイントになっている。この再現の反復と、それを映像で確認することでの反復から生まれる反省性は、パフォーマンスなど、映画やドキュメンタリーなどのジャンルの枠を越えて、考察することが可能な問題を含んでいるだろう。

2. 加害者=出演者のあいだで共有されるインドネシアの国内的な歴史と、それが国際的な場で発表されるときの認識の非対称性について。出演者=加害者と撮影者では、作品が発表される市場や観客の想定が異なっている。加害者は、そのズレを理解していないがゆえに、自分たちの歴史の闇を積極的に国際社会に暴露してしまう。出演者は、不思議なほどにナチズムやスターリニズムよりも、自らの残虐性があることを誇っている。それは、世界的に考えれば、罪の重さを無防備に暴露し、犯罪行為を自ら証明していることになる。しかし、恐怖政治の歴史が前提になっているインドネシア政府の人間たちにとっては、反対勢力を押さえつけるために、恐怖を与えることはプロパガンダとして必要なのである。

3. フィクションとドキュメンタリーの境界線について。カメラ/監督の存在から受ける被写体の影響について。被写体となる人間が、カメラの存在を意識することで実質的な演出が行なわれ、自然な振る舞いや発言に変化が出てしまうということがある。また、監督の発言や質問によって、被写体の反応が意識的であれ、無意識的であれ誘導や介入が行なわれてしまうことについて。では、記録によって示される歴史的事実と、フィクションによって示される歴史的な事実のどちらが歴史に忠実といえるのか、という問いも出された。
 
スティーヴ・マックイーン『それでも夜は明ける』
  
――歴史的事実とフィクション
 次に、近年映画作品などで増加している、実話をもとにしたフィクション作品についての議論がなされた。例えば、19世紀中頃のアメリカで、奴隷として売られた自由黒人の手記を原作としたスティーヴ・マックイーン監督の『それでも夜は明ける』(2013)。アフガニスタン紛争での、アメリカ海軍特殊部隊ネイビー・シールズによるレッド・ウィング作戦について、ただ一人生還を果たした元隊員が書いた手記を原作としたピーター・バーグ監督の『ローン・サバイバー』(2013)。茨木県で1999年に起きた連続殺人事件について、死刑囚が告発し「新潮45」編集部が執筆したルポルタージュが元になっている白石和彌監督の『凶悪』(2013)、など。それらの映画は、その規模は各々異なるものの、すべて具体的あるいは組織的な暴力が全面化した極限状況を描いており、いずれも力作で高い評価を受けている。しかし、同じフィクション作品(劇映画)であっても、「事実をベースにしている」というインフォメーションの有無によって、鑑賞者の説得や感情移入のあり方が当然大きく変化する。このメタレベルのインフォメーションがもたらす効果とは何なのか? それは、実際の事実にどれほど忠実であるか否かにかかわらず、「こんな凄惨なことが、実際に起こったんだ」という作品外部との接続があらかじめ確保されていることでより強固になるような「事実性」である。このような事実性に依拠することは、かえって「現実」というものの一元化できない不確かさや、それを再現しているという意味での現実性を忘却させることにもなるのではないか。あるいは現在、作り手も鑑賞者も、作品理解において、フィクションに内在するリアリティというものを捉える力を失いつつあるのではないのか、という問題提起がなされた。 そこから「現実」を追認するような形でのフィクションと対置するものとして、作品の評価や説得力によって、外の現実に影響を与えてしまった事例があげられた。
 ここで考えられることは、作品の評価と、作品の外にある現実への影響は、分けて考えることができるのか。さらに、道徳的なものから切り離した形で成立する芸術を擁護することは、どの程度、そしてどのように可能なのかという問題だった。
 ここで例としてあがったのは武田泰淳の『ひかりごけ』(1964)と「ひかりごけ事件」だった。「ひかりごけ事件」とは、1944年5月、太平洋戦争中である日本陸軍の微用船が、知床岬沖で難破し、極寒で、食料もない極限状態に置かれた船長が、仲間の船員を人食して生き延びた事件である。ここで船長は、すでに死んでいた船員を食べ、船員を殺してはいないのだが、小説のなかでは、船長がまだ生きている人間を殺して食べたことになっている。(作中で泰淳は、人を殺すことと人の肉を食べることという二つの行為の連関を分析し、「一、単なる殺人。二、人肉を喰う目的でやる殺人。三、喰う目的でやった殺人のあと、人肉は食べない。四、喰う目的でやった殺人のあと、人肉を食べる。五、殺人はやらないで、自然死の人肉を食べる」と分類して、そこになぜ罪の軽重の差が出てくるのかを問うている)。武田泰淳はあくまでこの作品はノンフィクション作品ではなく、事件をモチーフにした小説として捉えているが、船長は、この小説が書かれたことで、事実とは異なる社会的な烙印を押されてしまう。この作品の影響力は、道徳的な観点からすると容認することが難しいが、『ひかりごけ』では、「ひかりごけ事件」でも現れてきていないような人間の実存に関わる潜在的なテーマがあぶり出され、戯曲と随筆など異なる形式によって構成されていることなどによって、戦後文学の最高の実験作として位置づけられている。
 作品自体の評価と社会的な影響力、道徳的な問題と芸術的な可能性を秤にかけることは簡単ではないにしても、ここで議論されたことは、現在でもさまざまなケースで現れている汎用性のある問題である。また、作品の評価と社会的な影響についての社会的な判断も、時代や場所によって違いがあり、安定した認識ではないということについても考えさせられた。

――制作主体とカメラの二重性
 『アクト・オブ・キリング』からの議論の展開として、2000年代以降、美術館などで発表されるケースが増えてきた映像文化人類学から作りだされる映像作品についての検討が行なわれた。
 映像文化人類学とは、グレゴリー・ベイトソンとマーガレット・ミードが、バリ島でのフィールドワークで積極的に写真を利用したことに代表されるもので、フィールドワークの記録やレポートを映画や写真などを使用することで、記述者の主体から自律した中立的な記録を図る学問分野だ。このような映像資料が、美術館のなかで鑑賞されるとき、学術的な場で使用されるのとは別の問題を孕むことになる。これらの映像が、記録の中立性を強調しているとしても、現代美術の市場や制度のなかに持ち込まれる時、記録的な資料としての映像と、作品としての映像という二重性を帯びることになる。また当然、制作主体においてもアーティストと学者としての二重所属の問題が現れる。現代美術の場での流通が設定される以上、映像や制作主体には、単に学術的である以上に、作家性や、映像の美的な側面、展示、上映方法など、現代美術の固有の合意形成や手続きが想定されることになる。映像文化人類学の調査が、美術館やギャラリーなどに展示する想定があって進められる場合、この二重性は、さらに強いものになる。学術的な目的と作品化の目的のズレは、はたして誠実、あるいは健全なものといえるのか。この二重性は、そもそも主体の判断に規定されている者ではなく、カメラという道具に備わっている特性だといえる。カメラが作りだす映像には、記録という側面とは別にどうしても美学的な問題を含んでいるからだ。
 これにたいして次のような意見も提出された。美学的な問題を含むということだけで、作品を批判できるのか、さらに技術的な問題と倫理的な問題は分けて考えることが可能であるのか、というところである。そこから、藤井光の『ドキュメンタリー「プロジェクトFUKUSHIMA!」』(2012)や、森達也の『311』(2011)など具体的な事例を巡って複数の異なる意見が提示された。


ジェレミー・デラー《オルグレーヴの闘い》

――アーティストによる歴史のリプレゼンテーションについて
 現代美術のアートワールドもグローバル化が進行し、国際的に活躍するアーティストや国際展示も増加し続けている。それに伴い、国境を跨ぎ、飛び回って活躍するアーティストが、作品のテーマとして現地のサイトスペシフィックな文脈にアクセスし、その歴史的な出来事をリプレゼンテーションする作品も増えてきている。
 アーティストは、社会から忘却や否認された歴史を、歴史からこぼれ落ちるマイナーな声を、取り込み作品化する。このような活動は、社会の内部にいる人間にはタブー視されているような歴史の問題を顕在化する、あるいはドメスティックなレベルに留まっている問題を国際的にアピールするきっかけを持つことができるものである。一方で、よそからやってきて滞在期間が過ぎればそこを去っていくアーティストが、現地ではもっと複雑なレベルで動かされている歴史や共同体の問題を、短絡的にスペクタクル化することには欺瞞含まれるケースも多くあり、作家の実績に回収されるという意味で、搾取や権力的な構造の働きも存在する。
 ここでは、ジェレミー・デラーの《オルグレーヴの闘い》(2001)や、クシュシトフ・ウディチコの《プロジェクション・イン・ヒロシマ》(1999)、『土湯アラフドアートアニュアル2013』(2013)、水戸芸術館の『3・11とアーティスト: 進行形の記録』(2012)、アルフレッド・ジャーの《生ましめんかな(栗原貞子と石巻市の子供たちに捧ぐ)》(2013)などの事例が取り上げられた。さまざまな方向から、ポジティブな側面とネガティブな側面があげられ、議論が行なわれた。
 また、アーティストがあまりに搾取や後ろめたさを気にすることで、自主規制ばかりが強まることへの危険性が指摘され、歴史の問題を仰々しく深刻さを装って、洗練されたスペクタクルで、表象不可能性をプレゼンテーションするモニュメンタルなアーティストの活動ではなく、東日本大震災後に、目の前で起きている緊急性を持った事態、政治や社会的問題に、ピンポイントでアクセスできるようなアーティストのフレキシブルな能力が、いくつかの事例とともに提出された。このようなピンポイントに働きかける活動や、アーティストが匿名で社会活動を行うことの可能性も議論されたことも重要だと思った。


報告:石川卓磨

2014年4月1日火曜日

第5回「ASLSP/夜会議」(2014年3月29日)


2014年3月29日にASLSP−アスレスプのミーティング「スキャンダル-芸術と社会」を行なった。

参加メンバー:石川卓磨、小口菜緒実、勝俣涼、狩野愛、川原卓也、木原進、後藤桜子、高木生


芸術に関わる人間、組織、作品が、社会的な事件の当事者になったり、巻き込まれたりすることはめずらしいことではない。芸術が事件としてニュース記事などに取り上げられたときの世間の反応は、完全なゴシップとして、あるいは芸術が成立している社会と、一般的な社会的な常識との落差を嘲笑するネタとして消費し、芸術に内在する根本的な問題が見過ごされてしまうことも少なくない。
また、芸術が社会的な事件を引き起こすことは、単にネガティブな要素だけによらない場合があり、議論するための貴重なケースにもなり得る。なぜなら芸術は、社会的規範から自由を獲得するために、法と法のあいだの亀裂のなかで制作/発表を行うことがあり、また作品が、鑑賞者に能動的な思考を引き起こすためのショックを意図的に与えることもある。そのため、作品制作や作品発表は、社会的にリスクを孕んでいる。このような芸術の性格を、芸術の実践に関わるものたちはどのように引き受けるべきなのか。このことを、必要であれば法律や社会的な規範を一度括弧に入れて議論することを設定した。
今回は、2時間という充分とはいえない時間のなかで、挙げられた事例は少ないが、そこから導きだされた問題の射程は広く、熱心な討議がなされた。


【芸術作品を政治的理由によって破壊することを自分は許容できるか、許容できないか。】

例1
ディエゴ・ベラスケス《鏡のヴィーナス》(1647年 - 1651年頃)が、ロンドンのナショナルギャラリー内で、1914年に婦人参政権を訴える女性に切り傷をつけられた。
※ 厳格なカトリック教国であるスペインでは、裸婦像はわいせつとみなされ、厳しい規制があったため、このようなヌードが描かれることはきわめてめずらしかった。
※ また、《鏡のヴィーナス》は修復家の手によって、遠目ではまったくわからないほどに修復が施され、現在もナショナルギャラリーで公開されている。

 ディエゴ・ベラスケス《鏡のヴィーナス》
 
 切り付けられた痕の写真

●表現は、鑑賞者の解釈を引き出すものである。そのため、作品の破壊も鑑賞者の一つの解釈であり、そういうリアクションは起こりえる。危害を加えるのが人間でないのであれば、それは許容できるのではないか。

——では、作品と人間の違いとはなにか?

●マリーナ・アブラモヴィッチの《リズム0》(1974年)は、観客の潜在的なリアクション、見る者と見られる者の関係に孕まれた暴力性を顕在化させるパフォーマンス作品で、この問題と繋がるだろう。

パフォーマンスに際して次のようなインストラクションが提示された。「テーブルの上に72個の物体があります、人は望むままに私の体の上でそれを使うことができます。私は物体です。この上演中、私はすべての責任を負います」。テーブルには大小の鎖、ベルト、鞭、鳥の羽でできたはたき、ロウソク、拳銃などが置いてあった。(《リズム0》マリーナ・アブラモヴィッチ | 現代美術用語辞典ver.2.0)

ベラスケスの《鏡のヴィーナス》の展示にもそういう観客のリアクションを引き出すような意図が含まれている。

この作品が最初に発表されたとき、恐らくは意図的に論争を巻き起こすために「裸婦像 (a nude woman)」として紹介された。この絵のヴィーナスの表情は鏡に映ったイメージとして描かれている(鏡のヴィーナス - Wikipedia)

●作品は見られる対象としてあるだけでなく、作品自体もまた、踏み絵的に観客のリアクションをみて、選別しているといえるのではないか。
そして、作家や展覧会の企画者が、鑑賞者や社会に対して挑発的な意図を組み込むとき、作品の撤去や破壊の可能性を予期している場合も充分にありえる。

——アイ・ウェイウェイは、自らの作品である《色塗られた壺たち》(2008年)がドミニカ共和国出身のアーティストに破壊されたことに対して、犯行に至った動機を否定しつつも、寛容な態度を示した。彼は、作品がトラブルを引き起こす/巻き込まれることについて、つねに覚悟しているからだ。

——作品の破壊によって鑑賞の機会を奪ってしまうことは、なんにせよ許せない行為。否定するにしても肯定するにしても、その鑑賞の機会が奪われることは否定すべきだ。

——その一方で、破壊されることや作品の消失によって、記憶や歴史に残るという逆説があるのも確かだ。

——しかし、《鏡のヴィーナス》のケースは、事件と制作された時代に200年以上の間がある。ベラスケス自身が、そのような挑発を組み込んでいたわけではなく、状況も全く違う。この作品は、もともと限定されたコミュニティーの中で享受されていたものだ。作家自身が破壊の覚悟を持っている場合と、そうでない場合では、許容の判断に違いがあるのではないか。

●作品の破壊がリアクションだとして、なぜ実物の破壊という手段なのか。作品を批判するリアクションであるのなら、作品の複製写真を使っても同じようなことができるし、自らのパフォーマンスや署名活動によって拒否の姿勢を示すことができる。作品を否定する側も、制作者と対等に、表現として否定の表現をすることができるし、それを目指すべきだ。

——作品を破壊でなく反論する場合に、表現ではなく法的な規制や検閲が求められることもある。しかし、法的な規制や検閲が必ずしも適切な手段とは考えられない場合もある。暴力批判が別の暴力を生むというときに、批判している人間自身の存在の首も絞めることはありえる。

●作品が破壊されることを「許容できる/できない」の判断をするときに、作品の質や、ジャンルによる認識の差異が存在すると思う。
社会全体の合意が得られることではないが、これは絶対に破壊されてはいけない作品と、破壊されてもいいと思える作品がある。すべての作品の権利がいわゆる人権と同じように、平等に与えられると考えられない。作品であるならば、無条件に権利が与えられるという考えには反対。
極端なケースをいえば、個人の命を投げ打ったとしても守らなければいけないと感じる芸術作品はありえるし、破壊されて然るべきだと思える作品もある。
また、建築の破壊と、絵画など作品の破壊では、意味が違うのではないか。

——作品の破壊を考えるにあたって、作品の質的判断が、関わるのと同じように、破壊行為におよぶ理由の正当性を問うことも、許容の判断に関わってくると思う。作品の破壊が、一つの政治的な行為であるならば、動機となる政治的な正当性と効果が認められるなら、肯定はできないにしても許容することはありえると思う。

——作品を破壊する行為は、テロリズムと関わっている。その破壊行為によって、それまで潜在的なものでしかなかった意見が主張される糸口になる場合はある。最初に言われたように、これが人命ではなく作品であるのなら、そこに許容する余地は与えられていると感じる。

——少なくとも建築は政治的理由ではないにしても、壊される運命にある方が多い。

——では、金閣寺放火事件などはどう考えるか。

●作品の物理的な破壊は、民衆の側から行なわれる場合が多い。けれども、政府や機関が作品を検閲や禁止によって、作品を表に出さないということも一つの破壊行為と捉えられるのではないか。

——東京都美術館は、中垣克久氏の「時代(とき)の肖像-絶滅危惧種」の作品を撤去した。この美術館側の自己検閲は許されないと思う。作品の発表の機会は、誰にでも与えられると考えるべきだ。

——中垣氏の作品を政治的に見て、あるいは芸術的に見て、擁護や評価できるかはかなり疑問が残る。ただ、中垣氏の作品が撤去された展示というのは、都美が現代日本彫刻作家連盟にスペースを貸しているわけだから、それに介入するというのはありえないと思う。

——音楽は物理的な破壊はできない。そもそも複製技術が流通システムの大部分のインフラを占めているから。ゆえにロシアなどでは、音楽に対する規制がとても強まっている。また、そうした厳しい環境の中で生まれてくるロシアの音楽シーンからはとても面白い作品が生み出されているということもある。


【パブリックな空間と作品発表の間にあるジレンマを巡って】

例2
ニューヨークの連邦ビル前広場に置かれた《傾いた弧》(1981年)に対し、地域市民などによる反対運動が起った。セラは表現の自由を訴え、知識人や文化人のあいだではリチャード・セラを擁護する意見も多かったが1989年に最終的に撤去された。このことについてはどのように考えるか。


リチャード・セラ《傾いた弧》

● クリストのように大規模でハプニング的な事件性を作りつつも、すぐに元に戻せるような手段が必要なのではないか。セラの作品は、あまりにも巨大で、撤去にも莫大な費用がかかる。そのような問題が起ることに対してどれほど予測できていたのか疑問だ。

――カドが立ちやすい作品なら、目立つような場所で展示をしないという選択もありえる。

——ジャッドのようにマーファのような場所で展示すれば問題がないのか?それだとセラの目論みは変わってしまうと思う。

● 地元住民の意見を尊重すべきだと思う。

——必ずしも地元住民が正しい判断ができるとは限らない。けれども、地元の住民を説得することは不可欠。

——《傾いた弧》の必要性が、社会や地元の地域から問われたときに、芸術や表現の自由の問題で語ってしまったら、結局エゴとして回収され、相手を説得することはできない。どうやって相手を説得することができるかを考えないといけない。

●セラの作品に、危険性や威圧感を感じたというように、作品から暴力を受けたと感じた、強い不快感を感じたという人の意見を無視することはできるのだろうか。

——たとえば街でホームレスを見て、怖いとか見たくないという意見があるとする。これは正直な感情だとは思う。けれどもその考えによって、ホームレスを排除していいのか。街が安全でクリーンであるべきだという認識を信じて疑わないことは危険だと思う。

——ホームレスなどが、セラの作品を逆に利用して新しい活用法を生むというケースなどはなかったのだろうか。

●作品が設置されるとき美術館の中であるのか外であるのかは、作品の保護に関わる判断として大きく変わる。美術館であれば、値段の設定や年齢制限、注意書きを設けることでゾーニングすることができる。作品の可能性を最大限に保護する方針をとることができる。

——Chim↑Pomのプロジェクトで、原爆ドーム上空に「ピカッ」の飛行機雲で描いたことが問題になったときや、会田誠の森美術館での個展が「ポルノ被害と性暴力を考える会」から即時撤去を求める抗議を受けた時に、美術館側が作品や作家を守るための然るべき態度が徹底されていなかったように感じる。作品への個人的な判断は抜きにして、美術館が作家に展覧会やプロジェクトを委託しているのだから、全面的に保護するという姿勢で行なうべきだ。

——例えば美術展のポスターなどは、駅や人が集まるところに置かれるので、そういったゾーニングは不可能ではないか。それによって不快になる人がいるということもありえる。

——会田誠の作品を撤去しなかったのは美術館側の態度となっている。

——問題が起らないようにするための対処として、美術館の中に作品を置くことが優先されすぎると、その処世術的な意識が、他者性を排除する傾向や、保守的になりすぎることにはならないか。敵対性という想像力が失われすぎると美術は萎縮し、閉じてしまう可能性もあるはずだ。

●作品が美術館で展示されることは、芸術として登録させることを意味する。美術館や歴史に登録されるために、自らのパフォーマンスやプロジェクトを、芸術であると表明することは、いいことなのか。たとえば、外山恒一は「美術手帖」や「ユリイカ」に自分を現代美術家として特集せよ!と訴えているが、これはどう考えるべきか。

——自らが芸術と名乗ってしまった時点で、どこにも位置づけられないような不確定な領域は消えてしまう。だからこれが芸術だと名乗ってしまった途端につまらなくなるケースは少なくないと感じる。外山は、自分を「美術手帖」や「ユリイカ」が特集しないとわかっているから、ああやっていっているのだと思う。それは都知事選の立候補と同じユーモアで、だから彼の活動は、おもしろいと思う。




アイ・ウェイウェイの「Coloured Vases」を破壊するマキシモ・カミネロ容疑者 


報告:石川卓磨


2014年3月25日火曜日

第4回 「ASLSP/画集夜話――画集について語る|絵画編」(2012年7月28日)

「ASLSP/画集夜話――画集について語る|現代美術編」 に続いて行なわれた「ASLSP/画集夜話――画集について語る|絵画編」。USTでライブ中継しましたが、この回のものは録画が残っていません。
前回に引き続き、それぞれの参加者が選出した画集を紹介しながら議論が進められました。
 絵画篇は、現代美術の枠組みに限定せず時代もさまざまで、応用美術の画集や魯迅の『阿Q正伝』なども紹介され議題に上がりました。
現代美術篇では、インターネットと画集における美術の受容の差異が中心になって語られましたが、この回ではメディアの変化よりも、作家の画集の活用法や情報の整理術、そして美術史に対する個別的な距離感がどのようなものであるのかを中心にして議論が展開していきました。

2012年7月28日(水)
参加者:石川卓磨、今井俊介、五月女哲平、竹川宣彰、山内崇嗣

第3回 「ASLSP/画集夜話――画集について語る|現代美術編」(2012年7月12日)

ASLSP企画のUST番組「ASLSP/画集夜話――画集について語る|現代美術編」を行ないました。これは、「ASLSP/画集夜話――画集について語る|絵画篇」とセットにした連続企画でした。
ここでは、それぞれの参加者が選出した画集を紹介しながら、画集と自らの制作環境の関係がどのようなものであるか、あるいは画集からSNSなどインターネットメディアにおける画像のアーカイブの変化について、問題提起がなされていきました。
またネット上での作品発表やコミュニティーの形成の可能性から、ホール・アース・カタログなど、現代美術のジャンル的な枠組みを越えて展開がなされました。


2012年7月12日(水)
参加者:池崎拓也、石川卓磨、今井俊介、高嶋晋一、谷口暁彦、早川祐太、森田浩彰 、宮崎直孝、渡辺泰子

第1部


第2部

2014年3月24日月曜日

第4回「ASLSP/夜会議」(2011年3月20日)

2011年3月11日に起った東日本大震災と福島第一原発事故を受けて、緊急という形でミーティングを企画しました。
20名ほどの美術関係者が集まり、震災当日の経験や、当時のなかで先行きの見えない状況の中でこれからの留意点、福島第一原発に関する情報、震災/原発にたいする報道メディアのあり方、物資の不足などによって引き起こされた人々の行動の変化など、美術に限定されない切迫したなかでの情報共有を目的にして行なわれました。また、震災によるインフラの麻痺を経験し、制作や支持体などの考え方の反省性、世界の中での日本という場所の観られ方の変化、芸術と震災の関係性など芸術の課題や実感に対する意見が率直な言葉で語られていきました。
このミーティングが震災からわずか9日後に行なわれたということを、現在から振り返るとあの震災直後の時間の重みがどれほどのものであったかを考えさせられます。

2014年3月23日日曜日

【再掲】第2回 「ASLSP/画集夜話」のレポート (2008年10月4日)

 Vito AcconciとFelix Gonzalez-Torresの画集・映像作品を閲覧しながら議論を進めた「画集夜話」が10月4日に行われました。

 Vito Acconciの70年代前半に撮られた映像作品などで示される暴力性や身体性と、Felix Gonzalez-Torresの作品・展示における徹底された態度、その必然性とはそれぞれいったいどのようなものなのかについて中心的に検証していきました。
 Acconciは、美術というジャンルや業界が対象ではなく、生活や社会の基盤となっている核の部分・構造の意識化とその変革として、空間や身体性が扱 われている。それに対してFelix Gonzalez-Torresは、美術(ジャンル)やメディア内部に向けられ、作品のプログラミングが行われていることが示されました。つまり、 Acconciの場合、建築など空間における内と外の問題が行為や身体に対しての大きな意味の変容と捉えられるのに対して、Torresの場合は、作品が 美術館の外に展示されようとも、メディアや社会システム、もしくはプライベートな問題の内部に安定して収まっているように戦略的に作られています。
 ここから見えてくることは、Acconciの作品(とくに70年代くらい)は、変革・変容の可能性として作品が体現されているのに対して、Torres の作品はペシミスティックであり、変革というよりも確保や潜伏としての可能性に意識を徹底させているという意見が出ました。
 そこから、Acconciが建築やパブリック・アートとしてのプロジェクトに転向していくこと、90年代の現代美術に決定的な影響を与えたTorresの限界と可能性が、現在どのように見えているのかについて議論していきました。

 最後にこの二人の作品にはっきりと感じられる社会性/政治性に対する明確な対象性(コンセプチュアルな意識)は、作品の完成やクオリティーを決定する基 盤となりえている。それに対して私たちは現在、何を対象とし、何を基準として、作品の完成、クオリティーを決定しているのかについてそれぞれの立場から発言がなされました。



第1回「 ASLSP/画集夜話」(2008年7月10日)

「画集夜話」とは、テーマに挙げられた作家の画集をできるかぎり集め、それを閲覧しながらその作家について議論をした会のことです。

第1回目のテーマにあげられた作家は、ジャクソン・ポロック。
ジャクソン・ポロックの画面のまとめ方についての議論が一番印象に残っています。